父なる母なる神~本物の神と出会える場所~

「神の姿」を書き現していく世界「初」の文章です。NO.1を目指してるので、応援よろしくお願いします。

第6感である「思考覚」

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

神世界の日常生活において、口を使わずに「思ったこと」を直接相手に伝える会話手段を成立させている神経を「思考覚神経」と名付け、そして、「思考覚」は人間の五感以上の感覚なので「第6感」としておく。
この神経は、神と神の間では会話的に使用されているのだけど、人間に対しては、「人間から一方的に思考を読み取る」「人間に一方的に思考を送る」という風に、一方通行となっている。
神対神の場合は、「この思考は伝えるけどこの思考は伝えないでおこう」という選別が出来ているのだけど、神対人間の場合は、人間側が思考覚を扱える状態ではないため、常に、神側が主導権を握っており、「神が人間からの思考を全て受け取って実現可能なお願いだけを代行して叶える」という形が、今現在での通常運転となっている。
あなたからの「手足をこう動かしたい」という思考信号を「思考覚神経」を通して「神の脳」が受け取ったら、「人間」という雛形を参照して、それに沿う形で、「神の脳」が「手足をこう動かせ」と指令を出して、その指令に従ってあなたの手足は動くこととなる。
その指令は、「遺伝子システム」を活用して、「人間の体」の各部位の細胞1個1個を同時に動かす形で実現されていて、もちろん、「遺伝子システム」の考案者である神が完全支配している世界であることは、言うまでもない。
「人間」という生き物は儚い存在で、神がいなければ体を動かすことすら出来ない存在で、常に、神に思考を読まれている存在でもある。
なんとなく思っている「退屈だな~」だとか「面倒くさいな~」だとかも、神からは、丸聞こえなのだ。
神は「人間の脳の作者」なのだから、あなたの記憶は全て掌握済みで、神と初対面した時に自己紹介する必要はなく、「私です」と一言いえば、「ああ、あなたのことなら何でも知ってるよ、それ以上、自己紹介する必要はない」と神が応える形となる。
あなたのことで、神が知らないことは、何1つとして、ない。
あなたに思い出せることは、神にも思い出せる。
むしろ、あなたは、何%しかあなたの過去を覚えていなくて、神は、100%あなたの過去を覚えている存在なのだ。
そして、将来、あなたが神となり、「思考覚」を扱える存在となれたなら、走馬灯で見る「不完全な過去の記憶」ではなく、「神の脳」に鮮明に残っている「完全なる過去の記憶」を、神対神の会話的な形で、あなたの魂の産みの親である神から手渡されることになるでしょう。
その時、現世だけじゃなく、前世・前前世・前前前世……という過去世の自分の記憶をも、鮮明に目にすることになるのだ。
人間の親が子供にしていることは、あなたの魂の産みの親である神もしていて、そして、それは、人間よりも「はるか上」のことをしている。
神は、宇宙の作り手なのだから、宇宙を丸ごと撮影して「あなたの成長記録ムービー」として、残してくれているのだ。
神から見たら、人間が使っているビデオカメラは、子供用のオモチャだ。
そのオモチャは、親が子供に創意工夫を学ばせるために、「子供の頭でも作れる程度に」わざと簡単に作れるようにしたオモチャで、神が試行錯誤して用意してくれた数々の「雛形」を組み立てるだけで作れてしまうオモチャで、やっていることは、人間の子供が親から与えられた「積み木のオモチャ」で遊んでいる程度のレベルでしかない。
神技術と人間技術では、それぐらい、大きな隔たりがある。
そして、神技術が凄すぎるから、目の前で披露してくれているのに、今までの人間は、自分が「圧倒的な技術力で作られた世界」に住んでいることに気付けなかっただけの話なのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

読んでいただいてありがとうございます^^
私自身、まだまだ未熟な人間であるため「自分も一緒に更生させちゃおう」という勢いで書いてます。
「こういう人間になれたらいいな」という理想形を描いているので、ご理解よろしくお願いしますm(__)m

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体の死を乗り越えて魂は生き続ける

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

サナギになってチョウチョの幼虫の体がなくなることを「死ぬ」として、サナギからチョウチョの成虫の体が形成されることを「生まれる」とすると、「死ぬ前」と「死んだ後」で同じ魂が入っていると考えるのが普通で、「幼虫の時の魂と成虫の時の魂は別物だ」と考える人は、いないはずだ。
サナギの時点を受精した受精卵だと考えると「人間の誕生」の仕組みが見えてきて、生まれる時に、生まれる前の体(チョウチョの幼虫みたいな状態)から生まれた後の体(チョウチョの成虫みたいな状態)へと神の手によって変更されて、人間の場合は、その時に、記憶の封印処置も施されている、と考えるのが自然な流れだ。
「生」と「死」というのは、「体が変更される」というだけの現象で、「生まれる前」「生まれてから死ぬまで」「死んだ後」いずれも同じ魂で、神が存在を認めている限り、ずっと魂は生き続ける、と考えるのが一番しっくりくる。
いつか神となれる未来を見据えて、そのために、沢山の教材(雛形)を用意して、神が人間を親身になって教育してくれているのだから、「体が死んだら終わり」というのは、おかしな話だ。
人間の体が死んだ後も、中身である魂は、「神の目」には見えているけど「人間の目」からは見えなくなった「新たな体」を与えられて生き続けている、というのが、一番、理論的に納得できる話なのだ。
「真の死」は魂の消滅を意味し、神世界へと行く前であっても、神が消滅させない限り、「体の生と死を繰り返す」という変則的でいびつな形だけど、魂は永遠に生き続けるのだ。
「体が死んだら終わり」じゃなく「体が死んでからが始まり」で、新たな始まりを、人間世界よりも上の世界で成し得たいのであれば、自分の魂を自分の手で良き方向へと導いていく必要がある。
なぜ「体の死」という苦しみを課せられているのかというと、すぐに「悪魔の誘惑」に負けてしまう未熟な魂だから、罰的な意味もあり、教育的な意味もあって、そうなっているのであって、ちゃんと「神の言葉」に従って良き魂となれば、「体の死」という苦しみから解放されて、「永遠の命」と「自分の体を自由に選べる」という、真に永遠であり、真に自由である神世界で、いつか、きっと、暮らせるようになるはずなのだ。
神が100%の能力を発揮した神技術や神作品で彩られていて、夢みたいな世界が実現しているのが神世界。
神が能力をセーブして作った「この世」で実現できている結果から神世界を推測して、ちょっと覗いただけでも、とんでもなく凄い世界であることが、うかがえる。
例えば、の話。
あなたが、録画したテレビ番組を再生して見ている時、「ちょっとトイレに行ってこよう」と思って「一時停止」して、トイレを済ませて戻ってきたら、一時停止を解除して続きを見始める。
ちょっとした、人間生活のひとときだ。
神の場合は、こうなる。
神が、自分が作った宇宙を再生して見ている時、「ちょっと世界中をじっくりと見て回ってこよう」と思って「一時停止」して、世界中をじっくりと見て回って戻ってきたら、一時停止を解除して続きを見始める。
これが、ちょっとした、神生活のひとときなのだ。
う~ん、神の例え話の方は、「一時停止」というよりも「スーパースロー」と表現した方が、いいのかもしれない。
人間が走馬灯を見ている時は、ありえないほど膨大な量の「自分の過去」を、一瞬で、見ることが出来る。
その時、おそらく、「人間の思考速度」に制限をかけているリミッターが一時的に解除されて「神の思考速度」に近づいている状態なのでしょう。
「自分の思考速度を調整できる」神は、自分の思考速度をMAXにして、それから「自分の宇宙内を巡回している」という感じなのだと思います。
もしくは、そのMAX状態が通常運転で、人間側の思考速度の方を調整しているのかもしれない。
いずれにせよ、神が軽々と行っている日常生活が、人間の想像をはるかに超えたものであるのは、間違いない。
人間技術は、常に、神技術の後追いであり、劣化版だ。
だから、人間世界で実現できている技術の「さらに上」を考えると、神世界の技術が浮き彫りになってくる。
人間が、グーグルマップで世界を「拡大」「縮小」して地図を見ているように、神は、「宇宙規模」「太陽系規模」「地球規模」「国規模」「都市規模」「家規模」「人間規模」「細胞規模」「原子規模」という風にズーム倍率を変更して、宇宙のどこであっても鮮明に見ることが出来ている。
人間よりも「はるか上」の技術を使用している神なのだから、これくらいのことは出来て当たり前なのだ。
そして、もちろん、「神の目」は、「人間の目」みたいに、酷使したら充血したり疲れ目になったり頭痛になったりすることはなく、衰え知らずで、疲れ知らずで、ずっと快適に使用できて健康なままであることは、言うまでもない。


Author:神描人(かみえがきびと)

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私自身、まだまだ未熟な人間であるため「自分も一緒に更生させちゃおう」という勢いで書いてます。
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神の掌の上で踊る科学者たち

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

神が「飲んだり泳いだりすることが出来る水が欲しいな」と思ったから「飲んだり泳いだりすることが出来る水」が実現しているのであって、「なんかビョーンって伸びて縮むゴムが欲しいな」と思ったから「ビョーンって伸びて縮むゴム」が実現しているのであって、「南国のトロピカルなパイナップルが欲しいな」と思ったから「南国のトロピカルなパイナップル」が実現している。
ぜ~んぶ、神が思ったことが実現できてしまっているのだ。
「人間の体」だって、例外ではない。
現実世界の知的生命体は「男と女に分かれて生まれてくる」という、おかしな生まれ方はしない。
「男と女に分けた方がよりドラマチックな展開になるだろう」と神が思ったから、その「思い」が実現しちゃってるだけなのだ。
現実世界である神世界では、自分で自分の体を選べるのだから、強制的に「オスの体」「メスの体」という風に固定化されている「おかしな生き物」は存在していない。
異性を誘惑する「フェロモン」ですらも、神が考案して生み出したもので、「青春や恋愛を彩るために男女をメロメロにしちゃおう」と神が思ったから、人間は「異性に夢中になってメロメロになっている」のだ。
直接会わなくても、テレビやラジオから異性の魅力が十分に伝わってくるのは「神の表現力の凄さ」故で、芸術的センスが抜群だから成し得ている技で、男性のかっこいい立ち振る舞い、女性のかわいい仕草、かっこいい声、かわいい声、これら全ての雛形を神が用意してくれたからこそ、「かっこいい」と「かわいい」が実現できているのであって、さらに、もっと、男女が魅力的になって、それ故に、異性にメロメロになっているのだ。
同性を好きになったりするイレギュラーも発生するけど、そのイレギュラーも神にとっては想定内の出来事であり、存在しているのであれば、何かしらの意味があるから、修正することなく、そのまま存在させている。
同性愛であっても美しく愛し合っているなら、それは、それで、良いことだと思うし、神は「性別」を超越した存在なのだから、「愛し方」さえ間違っていなければ、ちゃんと評価してくれているはずだ。
レギュラーである男女のカップルであっても、醜い欲望でくっついているだけなら、それじゃ、何の意味もない。
神から、何を期待されているのかを、ちゃんと感じ取って生きていくことが大切で、心に愛が芽生えたら、なぜ、この世界が、このような仕組みになっているのかが、見えてくるようになる。
科学が進歩して様々な脳内ホルモンが発見されて、快楽が得られる「ドーパミン」だとか、不安や恐怖などの感情を抑えて精神を安定させてくれる「セロトニン」だとか、愛を感じて心地良い気分にさせてくれる「オキシトシン」だとか、色々と脳内の仕組みが科学的に解明されてきたけど、それらの、いずれも、神が思い描いて生み出した仕組みなのだ。
ドーパミンは、何かを達成した時や激しく運動した時や笑った時などに分泌されて、セロトニンは、太陽を浴びたり軽めの運動をしたり美味しいものを食べたりした時などに分泌されて、オキシトシンは、人や動物とスキンシップをしたり相手を思いやったり親切な行動をしたり誰かと一緒に食事をしたり誰かを褒めたりした時などに分泌される。
「作り手」側である「神の立場」から考えてみると、見えにくかった真実が明らかになってきて、「何をやらせたいのか」が見えてくる。
愛や絆を大切にしたり、運動や勉強や仕事を頑張って目標を達成したら、「幸せホルモン」と呼ばれているドーパミン、セロトニン、オキシトシンが分泌されて気分が良くなり、さらには、生殖活動を促すために、セックスをしたらエクスタシーを感じるようにも作られている。
知らず知らずの内に、「人間の脳の作者」である神によって、あるべき形へと誘導されているのだ。
「人間の脳」は神が創作した1つの芸術作品で、だからこそ、「記憶力」や「記憶処理速度」ですらも、「人間に出来るのはココまで」と神によって制限がかけられている。
頭の回転が速い人と遅い人がいるけど、どんなに速い人であっても、「神の思考速度」には到底及ばず、その差は歴然だ。
リミッターが付いていない「神の脳」は、驚異的なスピードで思考することが可能で、天文学的で膨大な情報量を記憶することも可能で、人間のソレとは次元が違って、全く比べ物にならない。
そして、もちろん、「人間の脳の作者」である神が、人間の脳内構造を知り尽くしている存在であり、「人間の脳」を実体化しているのは神なのだから、現存している全ての「脳内構造の形」を再現できる存在であることは、言うまでもない。
この世で実現できていることの全てが、神には、再現可能なこと。
神の脳が、全てを実体化させているのだから、全ての型を再現できる。
全てが、神の想定内にある「1つの型」であり、想定外ではない。
すなわち、「人間は記憶喪失になることがある」という事実は「神はいつでも人間を記憶喪失にすることが出来る」ということを意味し、交通事故にあった人が、事故の前後の記憶が「部分的にない」という事実は「神は人間の記憶を部分的に喪失させることも出来る」ということを意味することになる。
神がそういう処置を施しているから、人間は、「生まれる前の記憶を神に封印された状態で」生まれてくるのだ。
一時的に喪失させる封印もあれば、できなくする封印もある。
オウムは人間の言葉を真似してしゃべることが出来るのに、ニワトリは、どんなに努力してもしゃべれない。
オウムには、できる。
ニワトリには、できない。
どういう方法で封印が施されているのかは分からないけど、明確な線引きが行われている。
そして、もちろん、これら全てが、神が定めた設定であり、神には、いかようにも変更可能であることは、言うまでもない。
人間は、「木」や「鉄」などの雛形を使って「家」を作ったりして、雛形から派生させることは出来るけど、雛形そのものを作ることは出来ない。
神が、元々の形である雛形を作ったのであって、試行錯誤して「原子の性質」という雛形をも生み出したのであって、「水素はこういう存在だ」「酸素はこういう存在だ」「水素は酸素よりも軽い」と定めたのは神であり、同じく、「人間はこういう存在だ」「男と女で体の仕組みを変える」と定めたのも神なのだ。
人間が、体を鍛えて「かっこいい」をさらにかっこよく表現したり、化粧品でメイクして「かわいい」をさらにかわいく見せたり、遺伝子組み換え技術で新たな品種を生み出したりしているけど、元々の、根源である「遺伝子システム」を考案したのは神であり、「かっこいい」「かわいい」「男らしい」「女らしい」「美しい」「セクシー」などの雛形を用意してくれたのも神、ということになる。
今までの科学者たちの功績は、薄氷の上で成り立っている。
遺伝子や脳内ホルモンなどを、神が可視化して「わざと人間の目で確認できる形で残してくれた」からこそ、科学的に解明できたにすぎず、もし、神が、その形跡を消して、ヒントを与えなければ、科学者はペラッペラな存在となり、「科学的に解明できていません」「科学的に解明できていません」と連呼するだけの木偶の坊へと成り下がる。
科学者が「何を科学的根拠としているのか」を考えてみれば、科学者は「神に踊らされているだけにすぎない存在」だと分かってくる。

科学者「地中を詳しく調べたら発見できたんです」
(神が埋めておいた作品を掘り起こしただけ)
科学者「顕微鏡で拡大してみたら、なんと、こんなことを発見できたんですよ」
(神が創った作品をじっくり見ただけ)
科学者「大発見だ!遺伝子を調べたらビックリ仰天な事実が分かったぞ!」
(神が書いたメモ帳を読んだだけ)

どれもこれも、科学者たちが発見するのは、神が「あらかじめ教育用に用意しておいた教材」ばかりで、真面目に研究を頑張っている人達だろうから笑っちゃいけないんだろうけど、神目線から見ると、とんだ茶番で、「作者がそう設定しただけだぞ」って話なのだ。
例えるなら、科学者たちは、真剣な顔をして「“千と千尋の神隠し”を調べたら“人間は息を止めて橋を渡らないと化け物たちに見つかってしまう”という事実が判明したぞ!」と誇らしげに言っているだけなのだ。
科学者たちが集まる学会は、神を評する会で、神作品の品評会をするために映画評論家(神評論家)が集まって、「神作品の素晴らしさ」を語り合ってワイワイガヤガヤと盛り上がっているだけの会合で、1つの例え話をするなら、神が化学方程式を人間に学ばせるためにサンプル的に用意しておいてくれた「水」というアート作品に魅せられた科学者が、「水素と酸素で水が作れる」ということを発見して、それを、周りの人々に自慢顔で言い聞かせているだけの話なのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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神は「人の心」を重要視している


どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

外面をいくら取りつくろっても、内面が伴っていなければ、何の意味もない。
神は、内面を、心を、重視しているのだから、外面は、見てくれは、お飾り程度の存在価値でしかない。
逆に、性格的に気弱で、周りの目が気になったりして、どうしても一歩踏み出す勇気がなくて「やりたくても出来ない」という感じなら、神世界は「思ったことが実現できてしまう世界」なのだから、ちゃんと正しく思えているのなら、それだけでも、十分、神から好評価をもらえていることになる。
行動に移せたら、さらに良いのだけど、まず最初の段階である「心の中でちゃんと正しく思えているのかどうか」が最重要事項なのであって、詐欺師がダマす目的で人に優しく接していたとしても、それが評価されないことは誰の目にも明らかで、もちろん、全てをお見通しである「神の目」を欺くことは絶対に出来ない。
神世界では「固定化された体」「固定化された顔」で過ごしていないのだから、神が「体形」や「顔立ち」で評価することはない。
そもそもからして、神が「人間の体」を創作して、「遺伝子」ですらも神が設計監理しているのだから、そこから派生した「美男美女」も、遺伝子的に流動して成し得た奇跡的な神作品の1つにすぎないのだ。
神からしてみたら、服にポケットを付ける程度の感覚で、人間の体に遺伝子を付けている。
付けた理由は、車の運転席で表示されているメーターパネルみたいに、車(人体)の状態を分かりやすくするために可視化しているだけなのだ。
人間の目からは、簡単に見て確認することは出来ないんだけど、神の目からは、簡単に見て確認することが出来ている。
そして、もちろん、作り手である神が、全ての遺伝子設定を変更できる立場にいることは、言うまでもない。
アニメ映画「千と千尋の神隠し」で銭湯の入り口である橋を渡る時、人間は、息を止めないと正体がバレてしまう設定で、千尋が失敗して息をしてしまいカエルの化け物に見つかってしまった場面があったけど、2001年7月に公開されてから18年たった2019年9月現在でも変わらずに、作者がリニューアルを行わない限り、ずっと「息を止めないと見つかってしまう橋」のまま存在している。
それと同じで、ずっと昔に神が思いついた「人間の子供は母親似か父親似の顔になりやすい」という設定も、その後、作者によってリニューアルが行われていないから、今現在でも残っているだけの話なのだ。
「人間的な意思」が加味されている法則は、神が作った法則。
「親に似た子が生まれた方がより愛着が湧くだろう」という「人間的な意思」が加味されているから、そういう法則になっているのだ。
神は、普段、自分の体の外側にある「神が住んでいる世界」で暮らしているから、自分の体の内側にある「人間が住んでいる世界」をメインとして行動していないから、なかなか人間世界のリニューアルは行われない。
体内において、自動的に魂が成長していける世界は構築してあるから、神自身は、だいたい、体外で、神生活を満喫しているのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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人間の体は神の手で固定化されている

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

どこかに雛形がないと、人間を人間たらしめる体の形を保ち続けることは出来ない。
誕生時に1個体の「人間の脳」が形成される前から、その雛形は存在しているのだから、人間の脳内に雛形が存在している訳ではない。
そう、人間達が「アカシックレコード」と名付けた巨大な神の脳内に、その雛形は存在しているのだ。
神が忘れないから、人間は、人間として存在することが出来ている。
「人間の一生」「鳥の一生」「魚の一生」という風に、体の成長過程が固定化されている雛形は、親から子へと受け継がれるものではなく、神が手助けする形で、上手いこと装って「親から子へと受け継がれているように見せかけている」だけなのだ。
本来、自分の体というのは、自分の手で、自分が望む形へと変化させていくのが自然な流れなのであって、それが、現実世界における通常運転なのだ。
そんな、元々からある当然の権利を失ってしまっているのが今の人間の現状であり、神が設定した原子的な性質や現存比率、遺伝子的な体の形状固定などの制約によって「できない」「これもできない」「あれもできない」と出来ないことだらけで過ごしているのが「人間」という生き物の正体なのだ。
空気、水、火、土、さらには重力ですらも「神が作ったもの」だと考えれば、いかに、人間が不自由な世界で生きているのかが見えてくる。
それらを「作る側」である神世界が、いかに、自由な世界であるのかが見えてくる。
もちろん、人間以外の知的生命体にも同じことが言えて、あらかじめ体の成長過程が決められていて、そのレールに沿う形で成長していっているのであれば、その体は「神が思い描いて作り出した雛形」を元にして存続している、ということになる。
そして、これは、生き物だけに限った話じゃない。
無生物に対しても、神の意向が反映されていて、教育的なレールが敷かれているのだ。
神が、ゴールドを希少価値がある存在とするために、わざと、少な目にゴールドを土の中に埋めておき、それを、土を掘って発見した人間が「希少価値があるゴールドを手に入れたぞ!」と大興奮して大喜びしている。
ゴールドは、神世界では、神の裁量次第でいくらでも作り放題な量産品で、人間世界におけるオモチャの金貨程度の価値しかなく、安っぽく作られた偽物のブランド品みたいな存在なのだ。
ゴールドだけじゃなくダイヤモンドやルビーなどの宝石類全てに同じことが言えて、作られた世界に住んでいる人間は、どこに行っても、何をしても、神の掌の上で踊っているだけの存在にすぎないのだ。
土中の金の比率、銀の比率、銅の比率、空中の酸素の比率、二酸化炭素の比率、水素の比率、全て、神が定めた「空想上の比率」なのであって、宇宙の作り手である神には、いかようにも変更可能なこと。
神がテストする側で、人間はテストされている側、この関係性は、あなたが神となるまで、ずっと、続くこととなる。
テストするために、様々なシチュエーションを作るために、人間の体は子供から大人へと成長していき、そして、老いていくのであって、さらには、病原ウィルスや悪玉菌などを、あえて、存在させている。
テストされる立場ではない神は、人間みたいに「子供」「大人」「老人」という風に強制的に体を固定化されていないし、病気にもならないし、ケガもしないし、自分の手で自分の体を何度でも自由に作り直せるのだから、ずっと、健康な状態のままで生きている。
そもそもからして、病原ウィルスや悪玉菌などの「おかしな生き物」は、神世界には存在していないのだ。
それらは「テスト用に」生み出された生物であり、だから、いくら医学が進歩しても、一向に、この世からいなくならないのであって、必要悪だから、ずっと、この世に居続けているのだ。
神世界では、「子供用の体」「大人用の体」「老人用の体」「病気の体」「ケガの体」という風に強制的に固定化されていて、わざわざ自分を生き辛くしているような「おかしな体」をまとっていない。
それらはテスト用に作られた体なのであって、「子供」「大人」「老人」「病人」「ケガ人」、それぞれの立場を体験させるために、あえて、わざと、神の手によって固定化されているのだ。
人間が切望している「永遠の命」は、人間が思っているほど特別なものではなく、元々から神世界に住む者にとっては、最初から当たり前に持っている当然の権利であり、強く望まぬとも簡単に手に入れることが出来ていて、それが、現実世界では、ごく当たり前の当然あるべき姿なのだ。
今の人間は、その当然あるべき姿が奪われてしまっている状態で、ずっと、「なぜ与えてくれないんだ」と嘆いて、渇望して、懇願している悲しき生き物なのだ。
いくら懇願しても、テストに合格しなければ、その状態から脱して、「永遠の命」を、自由を、手に入れることは出来ない。
自由な世界に住むためには、自由であるが故に、「自分で自分を律する精神」である自制心が不可欠なのだ。
相手の気持ちを思いやれない者を、神世界に住まわせる訳には、いかない。
だから、神世界の下に、試験的な世界である「人間世界」が存在しているのだ。
老人、子供、病人、障害者、様々なシチュエーションで、自分がそうだったら、相手がそうだったら、どう感じて、どう接して、どう対処するのかを試されている。
そのための「体の固定化」なのだ。
電車で老人に席を譲ってあげて、沈みゆく船から女・子供を優先して救命ボートに乗せてあげて、障害者用のバリアフリーを作ってあげて、病気やケガで困っている人がいたら手助けしてあげる。
手助けをされることを嫌がる人もいるけど、まずは、「助けたい」「救いたい」「喜ばせたい」という相手を思いやる心が大切で、それから、「相手の性格によって対応を変える」という高度なことを学んでいく。
人間世界は「学びの場」として用意された世界なのだから、色々なことを学んでいけばいい。
そして、学び終わって卒業して、「神になってもいいよ」という合格ラインに達したら、いよいよ、待ち望んでいた光り輝く世界である「神世界での生活」がスタートすることになるのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

読んでいただいてありがとうございます^^
私自身、まだまだ未熟な人間であるため「自分も一緒に更生させちゃおう」という勢いで書いてます。
「こういう人間になれたらいいな」という理想形を描いているので、ご理解よろしくお願いしますm(__)m

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神世界に行くためにするべきこと

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

今まで、神がやっていることを長々と書き連ねてきたけど、いざ、それを、理性なき者にやらせたら、とんでもない事態になってしまうことは明白だ。
だからこそ、神となれるかどうかを試すために、神世界の下に試験的な世界を作って、そこで、どんな魂になるかをテストされている。
愛なき者を、神世界に住まわせる訳には、いかない。
過去における失敗から、教訓から、神世界には、簡単に住めないようなシステムが構築されているのだ。
新たに魂が生まれたら、まず、神世界よりも下の世界に住まわせて、何層に区切られているのかは分からないけど、下の階層から上の階層へと昇っていき、最終的に「神世界に住まわせてもいいかな」と判断された者だけが、神世界へと行けるシステムになっている。
その途中段階に存在しているのが「人間世界」であり、だいぶ魂が成熟してきて「愛とは何なのか」「なぜ愛が必要なのか」という高度なことを学んでいる世界なのだ。
そして、体を固定化することで「自分と容姿や能力や個性が異なる者に対してどう接するのか」ということを試されている世界でもある。
神は、「人間の姿」になれるし、「鳥の姿」にもなれるし、「魚の姿」にもなれる。
人間や鳥や魚みたいに「人間の型」「鳥の型」「魚の型」という風に「固定化」された不自由な体ではなくて、自分で選べる自由な体で生きている。
その自由を与えられていないから、顔を変更する自由を与えられていないから、人間は、砂糖に群がるアリみたいにアイドルに群がって熱狂している。
美男美女に陶酔するのは悪いことではないのだけど、さらに上の世界を見据えるならば、魂の審美眼を磨いて人間の内面の方も重視できるようになっておかなければいけないのだ。
優しいフリして、性格が最悪な人間がいる。
見た目だけキレイで、中身が最悪な人間もいる。
たいしたことない容姿で、どこが凄いのかよく分からないような人間が、実は、神から絶大な高評価を受けていたりするケースもあるのだ。
失って、はじめて気付けることも沢山ある。
若くて美人だった時にはチヤホヤして言い寄ってきたのに、老いてシワクチャになると、とたんに態度を変えて汚いものでも見るような目で去っていく男。
金持ちだった頃には笑顔で近寄ってきたのに、金持ちじゃなくなると、急に態度を変えて冷たい目で見てくる女。
こういった経験を何度もしているうちに、本物の愛が見えてくるようになる。
偽物の愛ではなく、本物の愛、無償の愛。
恋人同士なら、相手の笑顔を見たいから心がこもったプレゼントを手渡したり、相手が喜ぶデートコースを一生懸命に考えたりして、相手の気持ちを思いやって愛し合い、夫婦なら、お互いに子供の進路で悩んだり、子育てを協力することで自分達も人間的に成長させてもらって、「お父さん、お仕事がんばってね」「お母さん、お弁当ありがとう」と言われて泣いて喜んだり、いろいろな苦難を一緒に乗り越える事でお互いの絆を深めたりして、美しい愛をはぐくんでいく。
愛があるからこそ、人は強くなれるし、苦難の中へと飛び込むことができるし、人々を心から感動させてくれる数々のドラマが生まれるのだ。
あなたが幸せな時に他人に邪魔されたくないなら、あなたも、他人の幸せの邪魔をしてはいけない。
立場を逆にして考えてみることが大切で、そうすれば「何をしたらダメなのか」が見えてくる。
テレビドラマや映画などを見て、疑似体験で「何が善で何が悪なのか」を分かっているのだから、少しずつでもいいから、善の方を自分の中に浸透させていって、神となるために、理性を育てていかなければいけない。
醜い欲望は、純粋な愛を台無しにする。
頭の中から完全に醜い欲望を消し去るのが、正しき選択なのだ。
最終的に神となるための旅路なのだから「悪の道に進んでしまったことを後悔させてあげる」というのが究極の愛で、自分が毒された側なら、自分で解毒していく必要がある。
自分の心の中に悪の進入を許してしまったとしても、自分でその悪を退治できたならば、悪に対して強い免疫ができた魂となれるし、悪を知らない人間よりも悪を退治することに秀でた魂となれる。
自分の人生を振り返ってみて、親が悪だから悪になるしか道がなかったり、悪にならなければ生き残れなかったりした人のケースでは、これを、神から期待されているのだ。
悪になってみないと、どれが悪に対して有効なのかが分からない。
人から聞いた話だけでは、本当の意味で身に付いていない。
自分に試して効果があった体験が、そのまま悪に対して有効なワクチンとなるのだ。
ハッカー退治に最も活躍できるのは、ハッカーの手段を知り尽くしている元ハッカーだった人間なのだ。
悪だった人は、まず、自分の力で自分を更生させてから、次に、過去の自分と同じ悪を持っている人を更生させる役割を担当して、社会に貢献するまでを神から期待されている。
これは、悪を避けて生きてきただけの人間には出来ない芸当だ。
相手に対して、まず、「オレもそうだった。その気持ち分かるよ」という話から始められるのが、大きいのだ。
悪を知っている分、たくさんのアドバイスが出来るようになっているはずだし、悪いことをした分は、良いことをして取り戻さなければいけない。
出来る範囲内でいいから、とにかく悪と戦ってみて、悪に対して何が有効なのかを試してみて、見極めて、対処法を確立してから死ぬのが理想的なのだ。
正と邪。
邪になって、はじめて気付けることが沢山ある。
不規則な生活で健康を害することで規則正しい生活の正しさを再認識できるようになるし、太ってみないと、どれがダイエットに効果があるのかが分からない。
いつの世も、真に有効なアドバイスを生み出しているのは、邪の立場から解決方法を模索している人達なのだ。
邪を経験しなければ、何が正なのかが分からない。
神の言葉の正しさは、波乱万丈な人生を送った人ほど理解できるようになる。
理解できないならば、経験が足りないのだ。
分かっているようで分かっていない人間は、文字を読んで記憶しているだけで、役に立つ場面に遭遇するまでは宝の持ち腐れとなっている。
本当に理解できるようになるためには、実体験が不可欠なのだ。
経験が伴って、はじめて神の真意が分かるようになる。
「自分だけじゃなく全体的なバランスを考えなさい」という神の言葉が聞こえてくるようになる。
何事も、バランスが大切なのだ。
自然環境のことを考えすぎると何も出来なくなってしまって文明が停滞するし、考えなさすぎると汚染が進んで人間が住めない環境になってしまう。
これは神の本意ではない。
文明を進化させつつ、なお、環境のことも考えて、開発技術とエコ技術を並行して進めていくのが望ましいのだ。
何事も「中道」が、いい。
そもそも、人間の体からして、そのように作られているのだ。
やらなすぎれば病気になり、やりすぎればケガをする。
絶え間ない努力を続けて超人となっている人は別だけど、生まれつき強靭な体を持っている人は別だけど、夢や希望や感動を与えたいために無理を承知でやっている人は別だけど、それ以外の人は無理をせずに適度な運動を続けるのが理想的なのだ。
人間、命をかけてでも戦わなければいけない時もある。
そんな時は、例外だ。
いずれにせよ、まず健康管理の基礎を身に付けてからの話で、段階を踏んで徐々にレベルを上げていく必要があるし、自分の限界を知って無理をしない勇気も大切なのだ。
他人にできることの全てを、自分もできる訳ではない。
自分を知って、自分の出来る範囲内でいいから、自分なりに考えて最善を尽くして頑張っていけばいいのだ。
努力と根性も大切だけど、その前に、まず、自分を知ることが最重要事項なのであって、人それぞれ生まれ持った「課題」「好き嫌い」「得手不得手」「性格」「能力」が異なるし、悩みの解決方法も体質や運命によって変わってくるし、神から何を期待されて生まれてきたのかが違うのだから「みんなに同じことを押し付ける」教育は間違っているのだ。
相手によって柔軟に対応するのが、本物の教育。
アドバイスされた側も、アドバイスが間違っていると感じたならば「違うものは違う」と断固拒否する勇気も必要だ。
どんなに偉い人であっても100%正しいことを言う訳ではない。
体が違うのだから、同じ作業をしていても他人の体験と自分の体験では微妙にズレが生じているから、有効なアドバイスも人によって異なってくるのだ。
全ては「相性」であり、「相性が良いものを見つける」のが問題解決への最短ルートとなっていて、相性が悪いものを追いかけ続けても失敗するだけだし、相性が良いものを見つけると一瞬で解決することが多々ある。
他人の意見は参考程度にして「自分の力で見つける」のが大切で、自分で解決するためにこの世に生まれてきたのだから、他人に解決してもらったら貴重な体験を損する形になって進化が遅れてしまう。
楽してトクは得られないのだ。
それでは生まれてきた意味がない。
ズルして手に入れた宝には何の価値もないし、頑張りすぎたら壊れてしまうから、適度な努力を継続して大成させていくのが理想的なのだ。
人間、出来ないことは出来ない。
治らない障害は治らないのだから、「ない」ものは「ない」とあきらめるしか方法はない。
「ある」ものの中で、最善を尽くして生きていけばいいのだ。
神は、ちゃんと分かってくれている。
頑張った分だけ、ちゃんと評価してくれている。
自分なりに頑張っていけばいいのだ。
他人と見比べて劣等感ばかり感じていると、やる気がなくなってしまうからいけない。
「努力だけでは超えられない壁」というのが存在しているし、凡才がいくら努力しても、努力し続ける天才には、かなわない。
これは、どうしようもない事実なのだ。
何かしらの理由があって神によって分けられているのだから、自分は自分なりに全力投球して頑張っていけばいいのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

読んでいただいてありがとうございます^^
私自身、まだまだ未熟な人間であるため「自分も一緒に更生させちゃおう」という勢いで書いてます。
「こういう人間になれたらいいな」という理想形を描いているので、ご理解よろしくお願いしますm(__)m

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神世界のリンゴは腐らない

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

人間は、儚い生き物だ。
みんな死んでいくから「死ぬのが当たり前」だと思うようになって、それを現実だと受け入れたくないけど涙を飲んで仕方なく受け入れて生きているけど、それは現実ではない。
目に見えているもの全てが虚構だから、それがミスリードとなって現実を認識できなくなってしまっている状態で、一度、虚構世界で培った常識をかなぐり捨てて頭の中をフラットな状態にしないと、現実世界は見えてこない。
現実世界である神世界では「死なないのが当たり前」。
生命が誕生したら死ぬことはないし、老いたり衰えたりすることもないし、自分の手で、自分の体を、自分が望む形へと進化させていって、際限なく成長し続けるのが「現実」であり、現実世界の話なのだ。
人間の体が老いたり衰えたり死んだりするのは「神が制作した童話」の中に限った話で、現実世界では有り得ない話。
「人間の体」という器に神が思い描いたストーリーを付け加えて、「人間の一生」という一冊の本が「アカシックレコード」と呼ばれている神の脳内に存在していて、「人間」という器に入れられた魂は、その本の内容通りに体が成長していく。
「体の成長ストーリー」や「体の仕組みストーリー」などは、全て、神が創った芸術作品なのだ。
神は、死なないし、老いないし、衰えないし、忘れない。
人間みたいに「記憶」の処理があいまいではなく、「この記憶は残してこの記憶は消去する」という風に的確に処理していて、残している記憶は、決して、忘れることはない。
だから、永い年月の間、ずっと、スムーズに安定した状態で、自分の脳内にある記憶を雛形として、「人間の体」や「植物の体」を、それぞれのストーリーに沿った形で成長させることが出来ているのだ。
神の脳が、遺伝子情報を参照したりして、様々な設定情報を読み取って、この世の全てを実体化している。
だから、神の脳にアクセスすれば、全てのストーリーを読むことが出来る。
そして、もちろん、神が、全てのストーリーを自由に変更できる立場にいることは、言うまでもない。
神が、リンゴを映像化、味覚化、嗅覚化、触覚化、リンゴをかじる時の音を音声化しているから「リンゴ」という作品が存在している。
作り手である神は、ストーリーを自由に変更できるのだから、もちろん、神世界のリンゴは、腐らない。
わざわざ腐らせる必要性は、どこにもない。
神世界のリンゴはずっと新鮮なままで、「感覚化」のシステムが稼働している間は、いくらでも食べ放題なのだ。
神世界にはエネルギーが満ちあふれているから、エネルギー不足を心配することもない。
もちろん、リンゴ以外も作り放題で、自分で新たな食材を生み出すことだって出来るし、自分の味覚の方を変更して新たに味わうことだって出来るし、何でも自由に作れて選べる世界なのだ。
空を飛んでいる鳥がうらやましくなって、空を飛びたくなったのならば、直接、鳥と会話して「鳥の体の作り方」というレシピを教えてもらって、自分の体をその体へと変更して空を飛べばいい。
現実世界である神世界では、それが、当たり前に出来ている。
この世で、それが出来ないのは、その自由が奪われてしまっている状態だから出来ないのであって、「言葉の壁」など、わざと、種類が異なる動物同士では会話できないように設定されていて、それは、何故できないのかというと、神が「人間と鳥は会話できない」というストーリーにしているから出来ないだけの話なのだ。
神が童話のストーリーを書き変えれば、すぐにでも、人間と鳥は会話できるようになる。
ただ、それだけの話なのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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神世界の下に人間世界は存在している

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

「宇宙は神の体なのか?」という話はさておき、少なくとも、この宇宙を作った側である神世界、作られた側である人間世界、この2つの階層が存在していることは間違いない。
まず始めに神世界が誕生して、その下に人間世界が誕生した。
そして、神世界は、決して、滅びることがない世界なのだ。
「生まれたら死なない」のが、現実世界の生き物。
「みんな死んでいく」人間は、空想世界の生き物。
人間世界が、滅びゆく儚い世界なのは、テスト用に作られた世界だからなのであって、だから、わざと、住む環境をギリギリで生きられる過酷な状態に設定してあるのであって、苦しみだらけの世界で苦しみだらけの体でずっと生き続けるのは残酷な話だから、長く生きたとしても100年くらいを寿命として、むしろ、死ぬことは救済措置となっている。
ちょっと太陽と地球の位置関係がズレただけで滅んでしまう世界が、現実世界であるはずがない。
神が、太陽を灯しているのであり、地球を建築したのであり、人間の体をデザインした。
そう考えれば、おのずと、何が現実なのかが見えてくる。
神によって、テストに適した形に、それを最優先にして作られていて、わざと、生きるのに必要最低限の衣食住だけ与えられているのが、人間世界の実態なのだ。
そんな刑務所的な側面が強い世界である人間世界が存在している理由は2つ考えられて、1つは、神世界に住むにふさわしくなくなった者を投獄して更生させるため、という理由で、もう1つは、「始まりの世界」である神世界において、当初、法律的な秩序が確立されていなかった時代において、無法者がばっこする世界となってしまったため、「これでは、いけない」ということになり、神世界よりも下の世界を作って、新たに魂が生まれたら下から上の階層へとだんだんと昇っていく教育システムを構築して、最終的に「神となるにふさわしい魂」となった者だけを神世界へと引き上げて住まわせるため、という理由だ。
元々からある「始まりの世界」は自由に生きられる世界であり、人間世界が自由に生きられない制限だらけの世界となっているのは、神によって作られた世界だからなのだ。
人間世界は道徳的なことを強く学んでいる世界だから、かなり神世界に近い世界だと思うけど、それでも、神世界と比べたら段違いに劣っていて恵まれていない世界で、神世界の劣化版や縮小版だけが存在している極小世界なのだ。
神世界は、人間世界にはない極上の楽しみや喜びで満ち溢れている世界。
未知の桃源郷であり、期待を裏切らない、光り輝く至高の宝が無数に存在している世界。
そんな極上の世界に、神となったら、住めるようになるのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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神は「始まりの世界」に住んでいる

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

神は、「始まりの世界」に住んでいる。
第1の生命が生まれた場所、「第1の神」が生まれた場所だ。
あなたが、今、住んでいるのは、神によって作られて用意された場所であり、現実世界ではなく空想世界なのであって、自分で作った体ではなく他者が作って用意した体で過ごす者たちが住んでいる不思議な世界なのだ。
だから、おかしな制限がいっぱいの世界となっていて、おかしな体を与えられている。
体の方から「ちゃんと運動したら健康になってあげるよ」「ちゃんと体内時計を整えて規則正しい生活を継続したら健康になってあげるよ」「バランス良く適度な食事をしたら健康になってあげるよ」と命令してきて、あなたの方がその要求に応える形で従って、そう、「あなた」よりも「あなたの体」の方が上位であるという、おかしな関係なのだ。
まるで、体の方が上司で、魂の方が部下みたいになっていて、こんな、おかしな上下関係は、普通に考えたら絶対に有り得ない。
どう考えても、主従関係が逆なのだ。
「太るな」「頼むから太らないでくれ」と何度も必死に命令しているのに、全く聞き入れてくれない、全く「自分の意思」を反映してくれない、全く己で支配できていない体で、逆に、「太りたくないんだったら食べ過ぎに注意して筋トレで消費カロリーが高い筋肉を増大させて基礎代謝を上げたりランニングやウォーキングで適度にカロリーを消費したりして自分で頑張って努力して脂肪を蓄えにくい立派な体へと肉体改造をしなさい」と命令してくる、おかしな体なのだ。
こんなのは、「脂肪を蓄える」「脂肪を蓄えない」のONとOFFを切り替えればすぐに解決できる問題なのに、何故か、その「最短ルート」を選択させてくれず、楽させてくれない。
そう、こんなおかしな体は、現実世界では、有り得ない。
自分以外の何者かによって作られた「空想上の体」なのだ。
自分が望まぬ姿を強制的に継続させられている生き物は、現実世界の生命体ではない。
空想世界である人間世界でいくら考えても、現実世界である神世界における「生命の誕生」の仕組みは、理解できない。
この辺の詳しい話は、神は「死なない」のだから、「第1の神」が、今も、なお、生き続けているのだから、将来、あなたも神となって神世界に行けたならば「第1の神」から直接話を聞けば、明確に理解できるようになる。
大ざっぱなイメージとしては、おそらく、「こんなのが欲しいな」「こんなのも欲しいな」と自分の周りにあるものを寄せ集めていって、自分好みの体を形成していくのが一番最初における「生命の誕生」の流れで、その後、先に生まれた者が後に生まれた者をサポートする形になるかもしれないけど、それは、あなたが、今、住んでいる世界で行われている形ではなく、人間世界は神世界よりも下の世界で「合格して神になる」ためのテスト会場みたいな世界だから、「サポート」というよりも「教育」的な側面が色濃い世界だから、強制的に固定化された制限だらけのおかしな体を与えられた不思議な生き物である人間たちが住んでいる、おかしな世界となっている。
例えるなら、「不思議の国のアリス」が「ヘンゼルとグレーテル」と一緒に3人でお菓子の家に住んで暮らしていて「三匹の子豚」をペットとして飼っている、というぐらい、不思議で、おかしな世界なのだ。
「一体、何が、どうなったら、そんな、おかしなことになるんだ?」と頭の上にでっかいクエスチョンマークが出現するぐらい、変で、非現実な世界、そんな世界に、あなたは、今、住んでいる。
神が頭の中で思い描いた童話が、そのまま現実化している状態で、それは、人間から見たら、ビックリ仰天な出来事なのだけど、神から見たら、お茶の子さいさいで実現可能な当たり前の出来事なのだ。
人間の体が、子供から大人になるにつれて成長していき、その後、老いて衰弱していくのは、神が思い描いた「ストーリー」なのだ。
人間だけじゃなく地球上の生き物たちは、みんな、それぞれ、神が空想して作り上げた「体の成長ストーリー」に沿う形で生きている。
現実世界である神世界では、自分の体は、自分で自由に選ぶことが出来る。
それが出来ないならば、そこは、現実世界ではない。
現実世界の生き物は、誰かによって作られたレールに沿って強制的に進行していく、そんな、おかしな成長の仕方は、しない。
自分で、自分が望む形へと自由に成長させていくのが、現実世界での当たり前の生き方であり、生命が歩む道なのだ。
あらかじめ「人間の型」「鳥の型」「魚の型」という風に生まれてから死ぬまでの一生の成長過程を種類ごとに決められていて、明らかに誰かによってデザインされている体に魂が入って生まれてくるのは「生命の誕生」ではなく、ただの「魂の移動」なのだ。
それは、魂を入れる器(体)を変更した、というだけの話で、どの器にどの魂を入れるのかを手引きしているのは神、ということになる。
どういうシステムになっているのか分からないけど、実際、目の前でやって見せてくれているのだから、「出来る」ことは間違いない。
「この世」から「あの世」、「あの世」から「この世」に行く時は、神が魂を入れる器を変更しているだけで、もちろん、その器をデザインしているのは神であり、「人間」「鳥」「魚」と種類ごとに体の形状が固定化されているのはそのためで、もちろん、作り手である神の体は固定されておらず、「作る立場」なのだから、自分で自分の体を選び放題なのだ。
「こんな顔は嫌だ」「こんな体は嫌だ」と文句を言いながら過ごしている人間の方が異常なのであって、それは、わざと苦しみを課す形で自由が奪われてしまっている状態であり、神が空想して「人間世界」と「人間の体」を創作したから発生している出来事なのであって、もちろん、現実世界である神世界では、絶対に有り得ない出来事なのだ。
神は、自由な世界で、自由な体で生きている。
永遠の命と若さと美貌を当たり前のように所持していて、1億才、1兆才、1京才、……、1無量大数才、それ以上、という超高齢な神々、それぞれが自分で自由自在に変更できる体を所有していて、その中の1つが、今、あなたが住んでいる宇宙なのだ。
神の体を一軒家に例えるなら、「この世」は1つの部屋であり、「あの世」も1つの部屋であり、死や誕生を契機に、神の導きによって、違う部屋へと魂を移動させているだけの話なのだ。
もちろん、「天国」の部屋が作られて用意されているのなら、神の手によって簡単にその部屋へと魂を移動させることも可能だ。
そして、神から「神となるにふさわしい」と認められて神となったら、一軒家の主となり、家を設計監理する立場へと移行することになるのだ。
ただ、それだけの話。
簡単な話だけど、作り手である神の実力が凄すぎるから、多くの人間は「作られた世界(部屋)」であることに気付けない。
気付いていたとしても、まさか、宇宙が丸ごと部屋だとは、夢にも思わずに暮らしていたのだ。
神となれば、「どうやって部屋が作られていくのか」を明確に分かるようになる。
部屋に置かれているぬいぐるみが人間の正体であり、「人間」というぬいぐるみを着せられた状態で、今、あなたは過ごしている。
もちろん、その、ぬいぐるみを制作したのも、神だ。
全てのデザインを、家の主である神が、行っている。
ただ、それだけの話。
部屋(宇宙)の中にあるもの全てが、神が創った芸術作品なのだ。
神は、「矛盾がない」世界に住んでいる。
矛盾があるなら、そこは、現実世界ではない。
だから、人間世界は、現実世界ではない。
あなたが住んでいる世界が、矛盾だらけで、自力で進化できなくて、自分の体すら支配できていない世界なのは「神によって作られた世界」だからなのだ。
神は、何者にも縛られずに生きている。
自分の体は、自分が支配している。
それが、当たり前の話なのだ。
人間みたいに重力に縛られていなくて、むしろ、重力を「作る側」の存在だ。
そう、宇宙内に存在する「人間的な意思」が加味されている法則の全ては、神が作った法則。
もっと理論的に言うならば、地球だけじゃなく太陽系の他の惑星にも、さらには太陽系以外の宇宙全体の惑星にも採用されている法則なのだから「宇宙の創造主である神が作った法則だ」という結論に到る。
「1+1=2」みたいに「人間的な意思」が加味されていない法則以外は、全て、神が定めた法則なのだ。
何度も言うけど、遺伝子を読み解けばその1部分を読み取ることが出来るし、神が作りし法則は、宇宙内を駆け巡り、宇宙全体に管理網を張り巡らし、何者も、その法則には逆らえない。
神は、人間に作れないものを、いとも簡単に作ってしまう。
人間が暗闇でタイマツを燃やすのと同じ感覚で、神は、宇宙内で太陽(恒星)を燃やして光を灯すことができる。
やってることは人間と同じなのだけど、スケールがケタ違いなのだ。
神は、宇宙を誕生させた時点で、今現在の人間の生活様式を予見できていて、さらには、未来の生活様式も予見できている。
その宇宙に存在する知的生命体は、その予定表通りに進化していく体を与えられていっているのであって、自力で進化した訳じゃない。
「自分の意思」で進化できる世界は、神が住んでいる「始まりの世界」であり、その世界に住めるようになるまでは、真の自由は手に入れられないのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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人間の体は囚人用の体

どうも、こんにちは、神描人(かみえがきびと)です。

NO.1の「神を描く人」を目指して頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
では、今回の「神宿る文章」をお届けします。

神世界から隔離した僻地に「人間世界」という地獄(刑務所)を用意して、「人間の体」というテスト用の器を用意して、その場所で、その器で、何をするのかを試されている。
そして、神から見て合格だと判断された者のみ、上の世界(天国または神世界)へと引き上げるシステムになっていて、テストなのだから、もちろん、刑務所内で発生した行動や言動や思考は、ちゃんと記録されて残っていて、それを元にして死後の進路が決められているのだ。
人間世界は、かなり軽めの地獄で、それなりに楽しめる世界となっているから、自分が地獄にいることに気付いてすらいない人が大多数だと思うけど、苦しむ必要がない苦しみを見つけ出して列挙していけば、ありとあらゆる自由が制限されている監獄的な世界であることに気付けるはずだ。
それらの制限ですらもデザインの1部分であり、宇宙内に存在している器(体)は、全て、神が制作したもので、全てに、神のデザインセンスが反映されている。
人間の体は、「人間の意思」が現実化した体じゃない。
植物の体は、「植物の意思」が現実化した体じゃない。
「神の意思」が現実化した体なのだ。
その2つは、囚人用の拘束着として、囚人用の食事として、神が用意したものなのであって、だからこそ、わざと苦しみだらけの体にしてあり、わざと品質を落とした食事にしてあるのだ。
今の人間は、当たり前のことが、当たり前にできていない。
もし、「人間の思考」が現実化してリンゴが出現したなら、リンゴが直で出てくるのが当然の流れなのであって、わざわざ、種をまいて植物として育てて実となってから、やっと、リンゴが食べられる遠回り手順には、絶対にならない。
人間を育てる側の存在、教育する側の存在である「神の思考」が現実化している世界であるからこそ、育てられている側の人間から見て「遠回りルート」が選択されているのだ。
今の人間が背負っている苦しみは、本来、苦しむ必要がない苦しみばかりだ。
近くばかりを見ていたからといって、近視になって遠くが見づらくなる必要性はどこにもないし、遠視になって近くが見づらくなる必要性も全くない。
近くも、遠くも、中間も、ずっと永久に快適に見続けられる目にすればいいだけの話で、もちろん、自分で自由自在に調整可能な「神の目」は、そうなっている。
「人間の目」は、「神の目」の劣化版なのだ。
食べ過ぎて内臓脂肪が増えると健康的な体に害が及ぶというのなら、害が及ばない程度に脂肪を蓄えればいいだけの話で、「お腹いっぱいになったよ」という信号が脳に送られてくるのだから、そこまで見事に「これ以上食べると体の健康を保てなくなるよ」というリミットを明確に分かっている体なのだから、「そのラインに達したら体に脂肪を蓄えるのをストップする」という仕組みにしさえすれば、「お腹いっぱいで苦しくて、もう、食べられないよ~」なんていうおかしな苦しみから解放されて、際限なく、ずっと美味しく食事をし続けられる体となれるはずなのだ。
その「永遠の至福状態」にストップをかけているのは神であり、目的は「教育のため」であり、理由は「地獄(刑務所)だから」なのだ。


Author:神描人(かみえがきびと)

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